「先生、私これからどうすれば、いいんでしょう?」

3年生の女の子。ある日、スタッフルームの私のところにやってきた。

 ウチの学科は先生に個別の研究室はない。9人の専任と2人の助手が全員同じ部屋「スタッフルーム」にいる。

まるで中学校や高校の職員室。

学生は会議のとき以外は出入り自由で、好きな時間にお目当ての先生のところにやってくる。

 「あなたは、どうしたいの?」逆に尋ねてみる。

しばらく考えてから、彼女は言った。

「知り合いに30歳でニートの人がいるんですよ。あんな人にだけはなりたくない。就職はしたいけど・・・・。

・・・とにかく、居心地のいい場所で、好きな人たちに囲まれていたい。」

 なるほど、ね。

漠然としている、と本人もわかっているのか、苦笑い。

 

私が二十歳だった頃、将来についてどんな夢を持っていたのか、今となっては思い出せない。

ただ、今のような自分であると思っていなかったことだけは確かだ。

あの頃。絵を描くのは好きだったし、なんとなくデザイン事務所に就職するんだろうなと思ってはいた。

両親共に中学の先生だったので、一応教育実習にも行って教員免許も取った。

・・・果たして20年後、一応イラストレーターになって、母校で教える身となっている。

 

「先生はいま、幸せですか?」

学生たちに相談されるたび、声にはしなくても、そう問いかけられている気がする。

 卒業して20余年。世の中、嫌なこともあるし、報われないこともあると知っている。

好きな人だって嫌いになってしまうこともあるし、好きな人から逆に嫌われてしまうこともある。

「幸せか、どうか」はそんなに単純に計れない。

 学生は女子が圧倒的に多い。

「彼女たちのお手本になってほしい」

5年前、先生になるとき、恩師からそう言われた。

 いま、私は彼女たちの「お手本」になれているんだろうか。

「幸せそうに」なれているんだろうか。

もしかすると「あんなふうにだけはなりたくない」と思われているのかもしれない。

 

 「よかった、大高先生が笑ってる」

去年の夏、とあるワークショップのために行った東京のカフェで、

一緒にお茶を飲んでいた4年生の女の子にそう言われた。

「・・・私、いつもそんなに不幸そうか?」

 「先生、しばらく見ぃひんうちに、老け込んだな」

今年の春先の教室。課題授業の説明を終えたあとでの4年生の男子のコトバ。

「うるさい、学校サボってるアンタに言われたくない(笑)」

 学生たちはときに残酷。

 「先生はいい・・・。私、絵で食べてゆける自信ない。」

卒後の相談にくる4年生の女の子。

「私、学生の頃、あなたより、も〜っと絵描くの、下手やったで。」

 学生たちは、自意識過剰と自己卑下の固まり。

彼女たちのヤル気を奮い起こすため、ときに自分をコキおろしたりもする。

 「先生、彼氏いる?」

卒業式のあとの二次会の居酒屋で、酔っぱらった女の子×3人。

「いるよ。」

「いいなぁ。」「私も彼氏ほし〜。」

「わたし、先生みたいになりたい!」

 学生たちは、最後に泣けるようなことを言ってもくれる。

 彼らは4年間のあいだにみるみる成長する。描く絵はもちろん、

体格も顔つきも。子どもから大人。学生から、社会人。

 

「全く、イマドキの若モノは・・・」

先生をする前、私は、「若い」というだけで「若者」が苦手だった。

若さ故の「青さ」や「アホさ」が鬱陶しかった。でも、先生になり、

固有名詞を持つ彼らを知り、個人としての彼らを見つける。

私が若かった頃と何も変わらない、未熟な彼ら。

若さゆえの悩みを持ち、しょーもないことで喜び、大人の顔色をうかがい、一方で平気で大人を傷つける。

ピントのはずれた心配をし、学校と家庭が「全世界」で、そのなかの人間関係に悩み、傷つき、

私に無防備に悩みを打ち明け、いつのまにか勝手に問題を解決し、一方でこじれまくった問題を置き去りにしてゆく。

 

「せんせ〜私、妊娠したかも」

「おばあちゃんが倒れた。田舎へ帰って介護手伝わなきゃ・・。」

「親が離婚しました」(×多数)

「親の会社が倒産した。休学します。」(×複数)

「友達とうまくいかない・・」(×多数)

「SMクラブに通ってま〜す♪」

「・・・鬱です。」(×多数)

 

先生の仕事は半分以上が人生相談。

「大人と話す」

ただそれだけのことで、元気になってくれるなら・・・

殊勝な気持ちで彼らの話に耳を傾け、言葉を紡ぐ。

 ひとつ、学んだこと。

彼らは、先生の言うことなんか、ほとんど聞きゃしない、ってこと。

いや、正確には「こっちが聞いてほしいようには」聞いてくれない、ってこと。

 口でいくら偉そうなことを言っても、彼らは見抜く。

どの先生が一番やさしいか、おもしろいか、こわいか、ずるいか、

共感してくれるのか、見捨てないでいてくれるのか。

いまは神妙な顔をして私の話を聴いている彼らも、

私から盗めるものを盗んだら、私の知らない顔で、私の知らない場所で、

したたかに生き抜いてゆくのだろう。

今はそのときのため、大人をじっと観察しながら、虎視眈々と未来を待っているんだろう。

 

「先生、私、これからどうすればいいんでしょう?」

 どの先生を利用してやろうか。

彼らはきょうもスタッフルームのドアを開けて、やってくる。

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「箱日記」
「箱組」(モーリス組 企画・編集)2009年掲載エッセイ