第一夜
こんな夢を見た。 |
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自分は只待つていると答へた。すると、黒い眸のなかに、鮮に見えた自分の姿がぼうつと崩れて来た。静かな水が動いて写る影を乱した様に、流れ出したと思つたら、女の眼がぱちりと閉ぢた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んで居た。 自分は夫れから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘つた。真珠貝は大きな滑かな縁の鋭どい貝であつた。土をすくふ度に、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿つた土の匂もした。穴はしばらくして掘れた。女を其の中へ入れた。さうして柔らかい土を、上からそつと掛けた。掛ける毎に真珠貝の裏に月の光が差した。 それから星の破片の落ちたのを拾つて来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かつた。長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑かになつたんだらうと思つた。抱き上げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなつた。 自分は苔の上に坐った。是から百年の間かうして待つているんだなと考へながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた。そのうちに女の云つた通り日が東から出た。大きな赤い日であつた。それが又女の云つた通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのつと落ちて行つた。一つと自分は勘定した。 しばらくすると又唐紅の天道がのそりと上つて来た。さうして黙つて沈んで仕舞つた。二つと又勘定をした。 自分はかう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせない程赤い日が頭の上を通り越して行つた。それでも百年がまだ来ない。仕舞には、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女に欺されたのではなからうかと思ひ出した。 すると石の下から斜に自分の方に向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなつて丁度自分の胸のあたり迄来て留まつた。と思ふとすらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふつくらと花辧を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に徹へる程匂つた。そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、鼻は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花辧に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思はず、遠い空を見たら、暁の星がたつたひとつ瞬いていた。 「百年はもう来ていたんだな」と此の時始めて気が付いた。 |
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