第四夜
広い土間の真中に涼み台の様なものを据えて、其周囲に小さい床几が並べてある。台は黒光りに光つている。片隅には四角な膳を前に置いて爺さんが一人で酒を飲んでいる。肴は煮しめらしい。 |
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手拭の周囲に、大きな丸い輪を描いた。しまひに肩にかけた箱の中から真鍮で製らへた飴屋の笛を出した。 「今に其の手拭が蛇になるから、見て居ろう。見て居ろう」と繰返して云つた。 子供は一生懸命に手拭を見て居た。自分も見て居た。 「見て居ろう、見て居ろう。好いか」と云ひながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭許り見て居た。けれども手拭は一向動かなかった。 爺さんは笛をぴいぴい吹いた。輪の上を何遍も廻つた。草鞋を爪立てる様に、抜足をする様に、手拭に遠慮する様に、廻つた。怖さうにも見えた。面白さうにもあつた。 やがて爺さんは笛をぴたりと已めた。さうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいと撮んで、ぽつと放り込んだ。 「かうして置くと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云ひながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下て行つた。自分は蛇が見たいから、細い道を何処迄も追いて行つた。爺さんは時々「今になる」と云つたり、「蛇になる」と云つたりして歩いて行く。仕舞には、 「今になる、蛇になる、 屹度なる、笛が鳴る、」 と唄ひながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから、此処で休んで箱の中の蛇を見せるだらうと思つていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。始めは膝位の深さであつたが、段々腰から、胸の方迄水に浸つて見えなくなる。それでも爺さんは、 「深くなる、夜になる、 真直になる、」 と唄ひながら、どこ迄も真直に歩いて行つた。さうして髯も顔も頭も頭巾も丸で見えなくなつて仕舞つた。 自分は爺さんが向岸へ上がつた時に、蛇を見せるだらうと思つて、蘆の鳴る所に立つて、たつた一人何時迄も待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がつて来なかつた。 |
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